養生訓218 (巻第四 飲酒)

酒を飲には、各(おのおの)人によつてよき程(ほど)の節(せつ)あり。少(すこ)し、のめば益多く、多くのめば損(そん)多し。性(さが)謹厚(きんこう)なる人も、多飲を好めば、むさぼりてみぐるしく、平生(へいせい)の心を失(うしな)ひ、乱(らん)に及ぶ。
言行(げんこう)ともに狂(くるわ)せるがごとし。其(その)平生(へいせい)とは似ず、身をかへり見(み)慎(つつし)むべし。
若き時より早くかへり見て、みずから戒(いま)しめ、父兄も、はやく子弟(してい)を戒(いまし)むべし。久(ひさ)しくならへば性(せい)となる。くせになりては一生改(あらた)まりがたし。生れつきて飲量(いんりょう)すくなき人は、一二盞(いちにさん)のめば、酔(よい)て気快(きこころよ)く楽(たのしみ)あり。多く飲む人と其(その)楽(たのしみ)同じ。多飲(たいん)するは害多し。白楽天(はくらくてん)が詩(し)に、「一飲一石(いちいんいっせき)の者。徒(あだ)に多(おおく)を以(もっ)て貴(とおと)しと為す。其の酩酊(めいてい)の時に及(およん)て。我(わが)与(あたうる)亦(また)異ること無し。笑(わろう)て謝(しゃ)す多飲(たいん)の者。酒銭徒(しゅせんと)に自(みずから)ら費(ついや)す」といへるはむべ也。