養生訓43(巻第一総論上)

「或(ある)人の曰(いわく)、養生の術、隠居(いんきょ)せし老人、又、年わかくしても、世をのがれて、安閑(あんかん)無事なる人は宜(よろ)しかるべし。
士(さむらい)として君父(くんぷ)につかへて、忠孝をつとめ、武芸をならひて身をはたらかし、農工商の夜昼(よるひる)家業をつとめて、いとまなく、身閑(みかん)ならざる者は養生成りがたかるべし。
かかる人、もし養生の術を、もつぱら行はば、其身やはらかに、其(その)わざゆるやかにして、事の用に、たつべからずと云(いう)。

意訳

時として、ある人が 疑って質問します
養生は 老人に成ってから考えるもので若い時には 必要が無いのでは?
「若い時から、 その様なことばかり
考えていたら、 役立たずの人になるのでは?」 と

通解

ある人は言った。「養生の術を持つ者は、隠居をして静かに暮らす老人や、若くて世俗を避けて穏やかな暮らしをする人が適しているでしょう。士として君主や父母に仕え忠誠と孝行を心掛け武芸を学んで自分を磨き農工商の家業に忙しく取り組み暇を惜しんで鍛錬すべきではないか。いくら、養生の術を身につけても、大事の時に役に立たないんではないですか?