養生訓385(巻第八 養老)

老後(ろうご)、官職(かんしょく)なき人は、つねに、只(ただ)わが心と身を養ふ工夫(くふう)を専(もっぱら)にすべし。老境(ろうきょう)に無益(むやく)のつとめのわざと、芸術に、心を労し、気力をついやすべからず。朝は、静室(せいしつ)に安坐し、香をたきて、聖経(せいきょう)を少(すこし)読誦(どくじゅ)し、心をいさぎよくし、俗慮(ぞくりょ)をやむべし。道かはき、風なくば、庭圃(ていほ)に出て、従容(しょうよう)として緩歩(かんぽ)し、草木を愛玩(あいがん)し、時景(じけい)を感賞(かんしょう)すべし。室に帰りても、閑人(かんじん)を以(もって)薬事をなすべし。よりより几案硯中(きあんけんちゅう)のほこりをはらひ、席上階下(せきじょうかいか)の塵(ちり)を掃除(そうじ)すべし。しばしば兀坐(こつざ)して、睡臥(すいか)すべからず。又、世俗に広く交(まじわ)るべからず。老人に宜しからず。