養生訓380(巻第八 養老)
老ての後は、一日を以て十日として日々に楽しむべし。常に日をおしみて、一日もあだに,くらすべからず。世のなかの人のありさま、わが心に,かなはずとも、凡人(ぼんじん)なれば、さこそあらめ、と思ひて、わが子弟をはじめ、人の過(あやまち)悪(あく)を、なだめ、ゆるして、とがむべからず。いかり、うらむべからず。又、わが身不幸にして福うすく、人われに対して横逆(おうぎゃく)なるも、うき世のならひ、かくこそあらめ、と思いひ、天命をやすんじて、うれふべからず。つねに楽しみて日を送るべし。人をうらみ、いかり、身を、うれひなげきて、心をくるしめ、楽しまずして、はかなく、年月を過ぎなん事、おしむべし、かくおしむべき月日なるを、一日も、たのしまずして、むなしく過ぬるは、愚かなりと云べし。たとひ家まどしく、幸(さいわい)なくしても、うへて死ぬとも、死ぬる時までは、楽しみて過すべし。貧しきとて、人に、むさぼりもとめ、不義にして命をおしむべからず。
養生訓(意訳)
老後の生活は長いようで短いです。この残り少ない命を人を恨んだり、妬んだりして過ごすのは愚かです。例え、貧乏でも充実した人生は幸せです。
通解
老いた後は、一日を十日として日々を楽しむべきです。常に日を大切にし、一日も無駄に過ごさないようにしましょう。世の中の人々の様子が自分の心に合わなくても、私たちは凡人ですから、そうであるべきだと思って、自分の子や他の人々を慰め、許し、非難することは避けるべきです。怒ったり恨んだりすることはありません。また、自分自身が不幸でありながら、他人に対して横柄な態度をとられた場合でも、この浮世の中ではそういうことがあるものと思い、天の定めを受け入れて喜びましょう。常に楽しみながら日々を送るべきです。他人をうらんだり怒ったりして、自分自身を苦しめ、心を悩ませ、楽しまないまま年月を過ごすことは、悔しいことです。このように悔しむべき月日を、一日も楽しまずにむなしく過ごすことは、愚かなことです。たとえ家が貧しく幸福でなくても、最後に死ぬまでは楽しみながら過ごすべきです。貧しくても他人を妬んだり不正な手段で生計を立てようとすることは避けましょう。