養生訓373(巻第八 養老)

今の世、老て子に養はるゝ人、わかき時より、かへつて、いかり多く、慾(よく)ふかくなりて、子をせめ、人をとがめて、晩節をもたず、心をみだす人多し。つゝしみて、いかりと慾とをこらえ、晩節をたもち、物ごとに堪忍(かんにん)ふかく、子の不孝をせめず、つねに楽しみて残(ざん)年(ねん)をおくるべし。是(これ)老後の境界(きょうがい)に相(あい)応(おう)じてよし。
孔子、年老(としおい)血気衰(おとろ)へては得るを戒(いま)しめ給ふ。聖人の言おそるべし。世俗、わかき時は頗(すこぶる)つゝしむ人あり。老後は、かへつて、多慾(たよく)にして、いかりうらみ多く、晩節をうしなうふ人多し。つゝしむべし。
子としては、是を思ひ、父母のいかりおこらざるやうに、かねて思ひはかり、おそれ、つゝしむべし。父母を、いからしむるは、子の大不孝也。又、子として、わが身(み)の不孝なるを、おやに、とがめられ、かへつて、おやの老耄(ろうもう)したる由を、人につぐ。是、大不孝也。不孝にして、父母をうらむるは、悪人のならひ也。