養生訓372(巻第八 養老)
老の身(み)は、余命(よめい)久しからざる事を思ひ、心を用る事わかき時に,かはるべし。心しづかに、事すくなくて、人に交はる事も、まれならんこそ、あひ似(に)あひて,よろしかるべけれ。是も亦(また)、老人の気を養ふ道なり。老後は、わかき時より月日の早き事、十ばいなれば、一日を十日とし、十日を百日とし、一月を一年とし、喜楽して、あだに、日をくらすべからず。つねに時日(じじつ)をおしむべし。心しづかに、従容(しょうよう)として、余日(よじつ)を楽み、いかりなく、慾すくなくして、残(ざん)躯(く)をやしなふべし。老後一日も楽しまずして、空しく過ごすは、おしむべし。老後の一日、千金にあたるべし。人の子たる者、是を心にかけて思はざるべんけや。
養生訓(意訳)
老後は、意外に一日が早いものです。欲を少なくして、妄りに怒らず、心静かに暮らしましょう。そして、出来るだけ身体を養いましょう。そこに、新たな喜びも生まれます。
通解
老いた身では、余命が長くないことを意識し、心を用いることは若い時に比べて重要です。心を静かに保ち、物事を少なくし、他人との交流も控えることが稀であるならば、それが適切であります。これもまた、老人の気を養う道です。
老後は、若い時から比べて時間の経過が速く感じられます。10倍の速さで日々が過ぎ去り、1日を10日、10日を100日、1ヶ月を1年として喜びと楽しみを持ちましょう。無駄に時間を過ごすことなく、常に時を大切にしましょう。心を静かに保ち、ゆとりを持って余暇を楽しみ、怒ることも欲することも少なくして、残りの身体を大切にしましょう。老後の一日も楽しまずに虚しく過ごすことは避けるべきです。老後の一日は、金銭では買えないほどの価値があります。
人として生まれた以上、このことを心に留めて考えるべきではないでしょうか。