養生訓345(巻第七 用薬)

中華の法、父母の喪(も)は必(かならず)三年、是(これ)天下古今(てんかこきん)の通法(つうほう)なり。日本の人は体気(たいき)、腸胃(ちょうい)、薄弱(はくじゃく)なり。此故(このゆえ)に、古法(こほう)に、朝廷(ちょうてい)より期(き)の喪(も)を定め給ふ。三年の喪は二十七月(げつ)也。期の喪(も)は十二月なり。是(これ)日本の人の、禀賦(ひんぷ)の薄弱(はくじゃく)なるにより、其(そに)宜(よろしき)を考へて、性(せい)にしたがへる中道(ちゅうどう)なるべし。然(しかる)るに近世(きんせ)の儒者、日本の土宜(どぎ)をしらず、古法(こほう)にかゝはりて、三年の喪(も)を行へる人、多くは病(やまい)して死(し)せり。喪(も)にたへざるは、古人(こじん)是を不孝(ふこう)とす。是によつて思(おも)ふに、薬を用(もちい)るも亦(また)同じ。国土の宜(よろしき)をはかり考へて、中夏(ちゅうか)の薬剤の半(なかば)を一服と定めば宜(よろ)しかるべし。然(しか)らば、一服は、一匁(いちもんめ)より二匁(にもんめ)に至(いた)りて、其内(そのうち)、人の強弱、病の軽重(けいちょう)によりて多少(たしょう)あるべし。凡(およそ)時宜(じぎ)をしらず、法にかゝはるは、愚人(ぐにん)のする事なり。俗流(ぞくりゅう)にしたがひて、道理(どうり)を忘(わす)るゝは小人(しょうじん)のわざなり。