養生訓363

日本人は、中夏(ちゅうか)の人の健(けん)にして、腸胃(ちょうい)のつよきに及ばずして、薬を小服(しょうふく) にするが宜(よろ)しくとも、その形体大小(けいたいだいしょう)相似(あいに)たれば、その強弱の分量、などか、中夏の人の半(なかば)に及ぶべからざらんや。然(しか)らば、薬剤を今少(すこし)大(だい)にするが、宜(よ)しかるべし。たとひ、昔よりあやまり来りて、小服なりとも、過(あやま)つては、則(すなわち)改(あらため)るにはばかる事なかれ。今の時医(じい)の薬剤を見るに、一服(いっぷく)此如(かくのごとく)小(しょう) にしては、補湯(ほとう)といへども、接養(せつよう)の力なかるべし。況(いわんや)利湯(りとう)を用(もちい)る病は、外風寒肌膚(がいふうかんきふ)をやぶり、大熱(だいねつ)を生じ、内、飲食脾(いんしょくひい)に塞(ふさが)り、積滞(せきたい)の重き、欝結(うっけつ)の甚(はなはだ)しき、内外の邪気(じゃき)甚(はなはだ)つよき病をや。小(しょう)なる薬力を以(もって)大(だい)なる病邪(びょうじゃ)にかちがたき事、たとへば、一盃(ぱい)の水を以(もって)一車(いっしゃ)薪(たきぎ)の火を救(すく)ふべからざるが如(ごと)し。又、小兵(しょうへい)を以(もって)大敵(たいてき)にかちがたきが如(ごと)し。薬方、その病によく応ずとも、かくのごとく小服にては、薬に力なくて、効(しるし)あるべからず。砒毒(ひどく)といへども、人、服する事一匁(もんめ)許(ばかり)に至(いた)りて死すと、古人いへり。一匁よりすくなくしては、砒霜(ひそう)をのんでも死なず、河豚(ふぐ)も多く、くらはざれば死なず。つよき大毒(だいどく)すらかくの如し。況(いわんや)ちからよはき小服(しょうふく)の薬、いかでか大病にかつべきや。此理(このり)を能(よく)思(おも)ひて、小服(しょうふく)の薬、効(こう)なき事をしるべし。今時の医の用る薬方(やくほう)、その病に応ずるも多かるべし。しかれども、早く効(こう)を得(え)ずして癒(いえ)がたきは、小服にて薬力(やくりき)たらざる故に非(あら)ずや。

養生訓

前の記事

養生訓362
養生訓

次の記事

養生訓364