養生訓330

士庶人(ししょじん)の子弟(してい)いとけなき者、医となるべき才あらば、早く儒書(じゅしょ)をよみ、其(その)力(ちから)を以(もって)、医書(いしょ)に通じ、明師(めいし)にしたがひ、十年の功(こう)を用(もちい)て、内経(ないきょう)、本草以下、歴代(れきだい)の明医(めいい)の書をよみ学問し、やうやく医道(いどう)に通じ、又、十年の功を用ひて、病者に対して、病症(びょうしょう)を久しく歴見(れきけん)して習熟(しゅうじゅく)し、近代の日本の先輩の名医(めいい)の療術(りょうじつ)をも考しり、病人に久(ひさ)しくなれて、時変(じへん)を知り、日本の風土にかなひ、其術(そのじゅつ)ますます精(くわ)しくなり、医学と病功(びょうこう)と、前後()凡(およそ)二十年の久きをつみなば、必(かならず)良医となり、病を治する事、験(しるし)ありて、人をすくふ事多からん。然(しか)らば、をのづから名もたかくなりて、高家(こうけ)、大人(たいじん)の招請(しょうせい)あり、士庶人(ししょじん)の敬信(けいしん)もあつくば、財禄(ざいろく)を得(う)る事多くして、一生の受用(じゅよう)ゆたかなるべし。此如(このごと)く実(じつ)によくつとめて、わが身に学功(がくこう)そなはらば、名利(みょうり)を得(え)ん事、たとへば俯(ふ)して地にあるあくたを、ひろふが如(ごと)く、たやすかるべし。是(その)士庶(ししょ)の子弟、貧賎(ひんせん)なる者の名利(みょう)を得(え)る好(よき)計(はかりごと)なるべし。この如くなる良工(りょうこう)は、是(これ)国土(こくど)の宝なり。公侯(こうこう)は、早くかゝる良医(りょうい)をしたて給ふべし。

養生訓

前の記事

養生訓329
養生訓

次の記事

養生訓331