養生訓307(第六巻 択医)
士庶人(ししょじん)の子弟(してい)いとけなき者、医となるべき才あらば、早く儒書(じゅしょ)をよみ、其(その)力(ちから)を以(もって)、医書(いしょ)に通じ、明師(めいし)にしたがひ、十年の功(こう)を用(もちい)て、内経(ないきょう)、本草以下、歴代(れきだい)の明医(めいい)の書をよみ学問し、やうやく医道(いどう)に通じ、又、十年の功を用ひて、病者に対して、病症(びょうしょう)を久しく歴見(れきけん)して習熟(しゅうじゅく)し、近代の日本の先輩の名医(めいい)の療術(りょうじつ)をも考しり、病人に久(ひさ)しくなれて、時変(じへん)を知り、日本の風土にかなひ、其術(そのじゅつ)ますます精(くわ)しくなり、医学と病功(びょうこう)と、前後()凡(およそ)二十年の久きをつみなば、必(かならず)良医となり、病を治する事、験(しるし)ありて、人をすくふ事多からん。然(しか)らば、をのづから名もたかくなりて、高家(こうけ)、大人(たいじん)の招請(しょうせい)あり、士庶人(ししょじん)の敬信(けいしん)もあつくば、財禄(ざいろく)を得(う)る事多くして、一生の受用(じゅよう)ゆたかなるべし。此如(このごと)く実(じつ)によくつとめて、わが身に学功(がくこう)そなはらば、名利(みょうり)を得(え)ん事、たとへば俯(ふ)して地にあるあくたを、ひろふが如(ごと)く、たやすかるべし。是(その)士庶(ししょ)の子弟、貧賎(ひんせん)なる者の名利(みょう)を得(え)る好(よき)計(はかりごと)なるべし。この如くなる良工(りょうこう)は、是(これ)国土(こくど)の宝なり。公侯(こうこう)は、早くかゝる良医(りょうい)をしたて給ふべし。
養生訓(意訳)
富貴な家系や医者の家系でなくても無くても、医者の才能があるものは医者を志すべきでしょう。真面目に勉学して努力すれば、必ず良医となれるでしょう。
通解
士庶人の子弟で、医者になる才能があるなら、早く儒書を読み、その知識をもとに医学書に通じ、優れた師に師事し、10年間の努力を重ねて内経や本草学など、歴代の名医の書物を学びましょう。そして、さらに10年の経験を積んで病気の症状をよく見て熟知し、近代の日本の先輩医師の治療法も学び、長い間患者と接し、時代の変化を理解し、日本の風土に合った技術を磨いていきましょう。
医学と実践経験を20年間積み重ねれば、必ず良い医者となり、病気を治癒することができ、多くの人々を救うことができるでしょう。その結果、名声も高まり、高い身分の人々や大人たちから招聘され、士庶人の間でも敬意と信頼を受け、財産や地位を得る機会も多くなり、一生涯で豊かな生活を送ることができるでしょう。
このように実践し、自身が学び成果を上げれば、名誉と利益を得ることができ、まるで地面に横たわる宝を拾うように簡単に手に入れることができます。これが士庶人の子弟や貧しい人々が名声や利益を得るための良い計画です。このような優れた技術を持つ人々は、国家の宝となります。公侯たちは、早急にこうした優れた医者を育てるべきです。