養生訓109

古語(こご)に、忍(にん)は身の宝(たから)也(なり)といへり。
忍べば殃(わざわい)なく、忍ばざれば殃あり。
忍ぶはこらゆるなり。恣(よく)ならざるを云。
忿(いかり)と慾(よく)とはしのぶべし。
およそ養生の道は忿・慾をこらゆるにあり。
忍の一字守るべし。
武王(ぶおう)の銘(めい)に曰(いわく)「之(し)を須臾(しゅゆ)に忍べば、汝(なんじ)の躯(からだ)を全(ぜん)す」。
書(しょ)に曰(いわく)。「必ず忍ぶこと有れば、其れ乃(すなわ)ち済(な)すこと有り」。
古語(こご)に云。「莫大(ばくだい)の過(あやま)ちは須臾(しゅゆ)の忍びざるに起(おこ)る」。
是(これ)忍の一字は、身を養ひ徳を養ふ道なり。

意訳

「忍ぶは身の宝」という昔の言葉があります。「忍ぶ」というのは「こらえる」という意味もあります。「こらえる」とは、怒りと欲を我慢する事です。この「忍」の一字は、身体を養い、徳を養う道でもあります。

通解

古代の教えによれば、忍耐は身の宝であると言われています。忍耐すれば災難を避け、忍ばなければ災難が起こることがあります。忍耐はあらゆる面において重要です。無駄な怒りや欲望は抑えるべきです。養生の道においても、怒りや欲望を制御することが大切です。忍耐という一字を守ることが重要です。

武王の銘には、「ほんの少しの間だけ忍耐すれば、あなたの身体を守ることができる」と書かれています。また、古典には「必ず忍耐することがあれば、それはまさに救いとなることがある」とも記されています。古代の教えによれば、「大きな過ちはほんの一瞬の忍耐を欠いて起こる」とも言われています。この「忍」の一字は、身を養い徳を養うための道であることが示されています。

気づき

こらえるとか、我慢することは、なかなか難しことですね。我慢しすぎるのも、ストレスになりますので、何事もほどほどが良いのかもしれません。私は、ストレス解消も踏まえて音読をしています。音読は、脳トレにも良いそうですよ。

「須臾」とは

「須臾」(すゆ、しゅゆ)は、古典文学や仏教の文献などで使用される日本語の表現で、非常に短い時間、瞬間、あるいは瞬時を指す言葉です。この言葉は、非常に短い期間や瞬間的な出来事を表現する際に使用され、瞬時の変化や瞬間の感情を強調するのに適しています。「須臾」は、文学や詩の中でよく見られ、美しい表現や詩的な記述に使用されることがあります。

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