養生訓95

「爰(ここ)に人ありて、宝玉(ほうぎょく)を以(もっ)てつぶてとし、雀(すずめ)をうたば、愚(おろか)なりとて、人必(ひとかならず)わらはん。
至(いた)りて、おもき物をすてゝ、至りてかろき物を得(え)んとすればなり。人の身は至りておもし。
然(しか)るに、至りてかろき小なる欲をむさぼりて、身をそこなふは、軽重(けいちょう)をしらずといふべし。宝玉を以(もっ)て、雀をうつがごとし。」

意訳

例えば、雀を追い払うため、小石の代わりに、高価な宝石を投げたら人は笑うでしょう。価値の軽重を知るべきです。健康は、世の中で一番大切で貴重です。目先の欲に翻弄されてはいけません。

通解

ここに人がいて、宝玉を投げ物として使い、雀を撃とうとして、愚かであるとして人々は笑うでしょう。それと同様に、人は自分の身体を大切にすべきです。しかし、人々は軽い欲望に追われて、身体を害することがあります。軽いものであるはずの小さな欲望に取り憑かれて、身体を壊すことは、重要なことを無視しているのと同じです。宝玉を使って雀を撃つようなものです。

気づき

人の価値観は多様なので何が大切かは「人それぞれ」だと思います。ただ、人生において、自分にも、周囲にも、影響が大きいのは、やはり、健康ではないでしょうか。養生とは健康の価値を知る事かも知れませんね。

宝玉とは
「宝玉」(ほうぎょく)は、日本語で宝石や宝飾品を指す言葉です。宝玉は貴重な鉱物、宝石、または宝飾品全般を指す一般的な用語で、多くの異なる種類の宝石が含まれます。代表的な宝石には、ダイヤモンド、エメラルド、サファイア、ルビー、真珠、アクアマリン、アメジスト、トパーズ、オパールなどがあります。

宝玉は装飾品として使用されるだけでなく、装飾的な価値や魅力を持つだけでなく、文化的、宗教的、超自然的な価値も持つことがあります。歴史的には、宝石は王宮の宝庫や宗教的な儀式、宝物として保管され、様々な伝説や神話に登場することがあります。

「宝玉」という言葉は、宝石や宝飾品の美しさや希少性を強調するために使用されます。また、詩や文学の中で、美や貴重さ、精神的な価値を象徴するたとえとしても用いられます。

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