養生訓68(巻第二総論下)
華陀(かた)が言(げん)に、「人の身は労動すべし。労動すれば穀気(こくき)きえて、血脈流通(りゅうつう)す」といへり。
およそ人の身、慾をすくなくし、時々身をうごかし、手足をはたらかし、歩行して久しく一所(ひとところ)に安坐せざれば、血気(けっき)めぐりて滞らず。
養生の要務(ようむ)なり。
日々かくのごとくすべし。呂氏春秋曰(ろししゅんじゅういわく)、「流水腐らず、戸枢(こすう)螻(むしば)まざるは、動けば也。形気(かたぎ)もまた然(しか)り」。
いふ意(こころ)は、流水はくさらず、たまり水はくさる。から戸(と)のぢくの下の枢(くるま)は虫くはず。
此二(このふたつ)のものはつねにうごくゆへ、わざはひなし。
人の身も亦かくのごとし。一所(ひとところ)に久しく安坐してうごかざれば、飲食とゞこほり、気血(けっき)めぐらずして病を生ず。
食後にふすと、昼臥(ふ)すと、尤(もっとも)禁ずべし。
夜も飲食の消化せざる内に早くふせば、気をふさぎ病を生ず。是養生の道におゐて尤(もっとも)いむべし。
意訳
昔の名医は、運動すれば血行が良くなり、健康に良いと言っています。いつも、動かしているものは、悪くなりません。人も同じです。食後は運動しましょう。
通解
昔の名医である華陀は、「人の身体は労働すべきだ。労働することで穀気が消え、血脈が流通する」と述べています。一般的に、人の身体は欲望を抑え、定期的に動かし、手足を使い、歩行することで血気が滞ることなくめぐり、健康を保つことが重要です。これが養生の基本です。日々このように行動することが大切です。
「流水は腐らず、戸の枢は虫に食われない。動けば形や気も変わる」と呂氏春秋にも記されています。これは、常に動くことが大切であることを示しています。同様に、人の身体も定期的な運動が必要であり、一か所に長時間座り続けないことが健康を保つ秘訣です。長時間座っていると食事の消化が悪くなり、気血のめぐりが滞ることで病気が発生する可能性があります。特に食後すぐに寝たり、昼間長時間寝たりすることは避けるべきです。夜も食事の消化が終わる前に寝ることで、気が詰まり病気を引き起こす可能性があります。これらのことを意識して、養生の道を進むことが大切です。
華陀とは
華陀(かた、紀元前c. 110 – 紀元前c. 207)は、古代中国の著名な医師で、中国の医学史において非常に重要な存在です。
華陀は古代中国の戦国時代から秦朝の時代にかけて活躍しました。彼は伝説的な医者として知られ、その名前は古典文献や民間伝承に多くの逸話とともに残っています。彼は中国医学史において「薬王」とも呼ばれ、古代中国の医療の発展に貢献しました。
華陀の医学理論は、体内の気や体液のバランスを調整し、疾患を治療する方法に基づいていました。彼の治療法は、薬物療法や食事療法を中心に据え、体の自然な回復力を活用し、バランスを取り戻すことを目指しました。彼はまた、疾病の予防や健康の維持にも力を入れました。
華陀の業績は、後の中国医学の発展に影響を与え、彼は中国医学の祖とも言える存在です。
「呂氏春秋」(りょししゅんじゅう)とは
「呂氏春秋」(りょししゅんじゅう)は、中国の古典文学であり、紀元前3世紀に成立した中国戦国時代の文献の一つで、諸子百家と呼ばれる諸子百家の思想や哲学的なアイデアを含む重要な文献の一つです。
「呂氏春秋」は、春秋時代の歴史と思想に関する記録や著者である呂不韋の政治的な信念に基づいて構成されています。呂不韋は、戦国時代の秦国(中国の一部)で重要な政治家であり、秦の始皇帝秦始皇の宰相として知られています。彼はこの文献を編纂し、春秋時代の歴史と哲学についての自身の見解を含めました。
「呂氏春秋」は、中国思想史や政治哲学において重要な位置を占めており、特に法家思想(Legalism)に関連した文献として注目されています。法家思想は、秦始皇帝の統一中国に向けた中央集権的な政策の基盤となりました。この文献には、統治と法律に関する考え、政治の安定性を重視し、権威主義的な政府の理念が含まれています。
「呂氏春秋」は中国の古典文学として重要であり、中国の哲学や政治思想について研究する際に参照される文献の一つです。