養生訓389(巻第八 鍼)

鍼(はり)をさす事はいかん。曰く、鍼をさすは、血気の滞(とどこおり)をめぐらし、腹中の積(しゃく)をちらし、手足の頑痺(がんひ)をのぞく。外に気をもらし、内に気をめぐらし、上下左右に気を導(みちび)く。積滞(しゃくたい)、腹痛(ふくつう)などの急症(きゅうしょう)に用て、消導(しょうどう)する事、薬と灸(きゅう)より速(すみやか)なり。積滞なきにさせば、元気をへらす。故に正伝或問(せいでんわくもん)に、鍼に瀉(しゃ)あつて補なしといへり。然れども、鍼をさして滞を瀉し、気めぐりて塞(ふさが)らざれば、其あとは、食補(しょくほ)も薬補(やくほ)もなしやすし。内経(ないけい)に、熇々(かくかく)の熱(ねつ)を刺(さ)すことなかれ。渾々(こんこん)の脈を刺事なかれ。鹿々(ろくろく)の汗を刺事なかれ。大労(たいろう)の人を刺事なかれ。大飢(たいき)の人をさす事なかれ。大渇(たいかつ)の人、新に飽(あけ)る人、大驚(たいきょう)の人を刺事なかれ、といへり。又曰(いわく)、形気不足、病気不足の人を刺事なかれ、是、内経の戒(いましめ)なり。是皆、瀉有て、補無きを謂也。と正伝にいへり。又、浴(ゆあみ)して後、即時に鍼すべからず。酒に酔へる人に鍼すべからず。食に飽(あき)て即時に鍼さすべからず。針医も、病人も、右、内経の禁をしりて守るべし。鍼を用て、利ある事も、害する事も、薬と灸(きゅう)より速なり。よく其利害をえらぶべし。つよく刺て痛み甚しきはあしゝ。又、右にいへる禁戒(きんかい)を犯せば、気へり、気のぼり、気うごく、はやく病を去(さら)んとして、かへつて病くはゝる。是よくせんとして、あしくなる也。つゝしむべし。