養生訓413

人の身に灸(きゅう)をするは、いかなる故ぞや。曰(いわ)く、人の身のいけるは、天地の元気をうけて本(もと)とす。元気は陽気なり。陽気は、あたゝかにして火に属す。陽気は、よく万物を生ず。陰血(いんけつ)も、亦元気より生ず。元気不足し、欝滞(うつたい)して、めぐらざれば、気へりて病生ず。血も亦へる。然る故、火気(かき)をかりて、陽をたすけ、元気を補へば、陽気発生して、つよくなり、脾胃、調(いととの)ひ、食すゝみ、気血めぐり、飲食滞塞(たいそく)せずして、陰邪の気さる。是、灸 (きゅう) のちからにて、陽をたすけ、気血をさかんにして、病をいやすの理なるべし。艾草(もぐさ)とは、もえくさの略語(りゃくご)也。三月三日、五月五日にとる。然共(しかれども)、長きはあし故に、三月三日尤(もっとも)よし。うるはしきを、ゑ(え)らび、一葉(いちょう)づゝつみ、とりて、ひろき器(うつわ)に入(いれ)、一日、日にほして、後、ひろくあさき器に入、ひろげ、かげぼしにすべし。数日の後、よくかはきたる時、又、しばし日にほして早く取入れ、あたゝかなる内に、臼 (うす) にて、よくつきて、葉のくだけて、くずとなれるを、ふるひにて、ふるひすて、白くなりたるを壷(つぼ)か箱に入、或(あるいは)袋に入(いれ)おさめ置(おき)て用(もちう)べし。又、かはきたる葉を袋に入置(いれおき)、用(もちい)る時、臼(うす)にて、つくもよし。くきともに、あみて、のきに、つり置べからず。性(しょう)、よはくなる。用ゆべからず。三年以上、久しきを、用ゆべし。用て灸する時、あぶり、かはかすべし。灸に、ちからありて、火、もゑやすし。しめりたるは功なし。昔より近江(おうみ)の胆吹山(いぶきやま)下野の標芽(しめじ)が原を、艾草(もぐさ)の名産(めいさん)とし、今も多く切てうる。古歌(こか)にも、此、両処(りょうしょ)のもぐさを、よめり。名所の産なりとも、取時(とりどき)過(すぎ)て、のび過(すぎ)たるは用ひがたし。他所の産も、地、よくして、葉、うるはしくば、用ゆべし。

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