養生訓250(巻第五 五官)
導引(どういん)の法を毎日行へば、気をめぐらし、食を消して、積聚(しゃくじゅ)を生ぜず。
朝いまだおきざる時、両足をのべ、濁気(だくき)をはき出し、おきて坐(ざ)し、頭を仰(あおのき)て、両手をくみ、向(むこう)へ張出(はりだ)し、上に向ふべし。歯をしばしばたゝき、左右の手にて、項(うなじ)をかはるがはるおす。
其(その)次に両肩をあげ、くびを縮(ちじ)め、目をふさぎて、俄(にわか)に肩を下へさぐる事、三度。次に面(かお)を、両手にて、度々(たびたび)なで下ろし、目を、目がしらより目じりに、しばしばなで、鼻を、両手の中指にて六七度なで、耳輪(じりん)を、両手の両指にて挟(はさ)み、なで下ろす事六七度、両手の中指を両耳に入、さぐり、しばしふさぎて両方へひらき、両手をくみ、左へ引ときは、かうべ右をかへり見、右へ引ときは、左へかへりみる。
此如(かくのごとく)する事(こと)各(かく)三度。次に手の背にて、左右の腰の上、京門(けいもん)のあたりを、すぢかひに、下に十余度(じゅうよたび)なで下し、次に両手を以(もって)、腰を按(お)す。両手の掌(たなごころ)にて、腰の上下(じょうげ)をしばしばなで下(くだ)す。是(これ)食気(しょくき)をめぐらし、気を下す。
次に手を以、臀(しり)の上を、やはらかに打事(うつこと)十余度。次に股膝(またひざ)を撫(な)くだし、両手をくんで、三里(さんり)の辺(へん)をかゝえ、足を先へふみ出し、左右の手を前へ引、左右の足、ともに、此如(かくのごとく)する事しばしばすべし。次に左右(さゆう)の手を以(も)って、左右のはぎの表裏(おもてうら)を、なで下す事数度。次に足の心(うら)湧泉(ゆせん)の穴と云、片足(かたあし)の五指を片手にてにぎり、湧泉の穴を左手にて右をなで、右手にて左をなづる事、各数十度。又、両足の大指(おおゆび)をよく引、残る指をもひねる。是(これ)術者(じゅつしゃ)のする導引の術なり。閑暇(かんか)ある人は日々かくの如す。又、奴婢児童(ぬひじどう)にをしへてはぎをなでさせ、足心(そくしん)をしきりにすらせ、熱(ねつ)生じてやむ。又、足の指を引(ひか)しむ。朝夕(あさゆう)此如(かくのごとく)すれば、気下(きくだ)り、気めぐり、足の痛(いたみ)を治(なお)す。甚(はなはだ)益あり。遠方(えんぽう)へ歩行(ほこう)せんとする時、又は歩行して後、足心(そくしん)を右のごとく按(お)すべし。
養生訓(意訳)
導引の方法を使って、朝、目が覚めたら、時間をかけて全身をマッサージしましょう。これを毎日実行すれば、気分がよく巡るようになり、消化を良くします。
通解
導引法を毎日実践すると、気を巡らし、食事を消化しやすくします。朝、まだ起きていないとき、両足を伸ばし、濁った気を吐き出し、起きて座り、頭を仰け反らせ、両手を組んで前に伸ばし、歯を食いしばり、左右の手で頸をさする。これを各3回繰り返します。
次に、両肩を上げ、首を縮め、目を閉じて、急に肩を3回下げます。その後、顔を両手で何度も撫で下ろし、目を、目の上から目尻に向かって何度も撫で、鼻を両手の中指で何度も撫で、耳の輪を両手の両指で挟んで何度も撫で下ろします。そして、両手の中指を両耳に入れ、さすることで両方を開き、両手を組み、左に引っ張るときは左を見、右に引っ張るときは右を見ます。これを各三回繰り返します。
次に、手の背中で、左右の腰の上、京門(けいもん)のあたりを、指で下に何度も撫で下ろし、次に両手を使って腰を押します。両手の掌で、腰の上下を何度も撫で下ろします。これにより食事の気を巡らし、気を下げます。
次に、手を使って臀(しり)の上を、柔らかく何度も叩きます。その後、股膝(またひざ)を撫で下ろし、両手を握って三里(さんり)の辺りを支え、足を前に伸ばし、左右の手を前に引き、左右の足も同様にします。
足の表裏を手の背中で何度も撫で下ろします。その後、足の裏の湧泉(ゆせん)の穴と呼ばれる部分を、片足の五本の指を片手で握り、湧泉の穴を左手で右から撫で、右手で左から撫でることを数十回繰り返します。
また、両足の大足指を引っ張り、他の指もひねります。これが導引法の手順です。余暇がある人は、毎日これを実践すべきです。また、使用人や子供に足をなでさせ、足の裏を繰り返し擦ることで、体温が上がり、寒さが和らぎます。また、足の指を引っ張ることも有効です。朝晩、これを続けることで、気の巡りがよくなり、足の痛みが和らぐことがあります。特に遠くへ歩行する前や歩行した後に、足の裏を右足のように押すとよい。
気づき
両足をのばして、濁気をはき出す
頭を仰ぎ、両手をくみ、向こうに張り出す
歯を鳴らし、項(うなじ)をかばう
両肩をあげ、くびを縮め、目をふさぐ
面をなで下ろし、鼻をなで、耳輪をなで下ろす
手の背で腰をなで下ろし、掌で腰の上下をなでる
臀の上を軽くたたく
股膝をなで、足の裏を揉む
足の指を引っ張り、残りの指をひねる
これらの動作を朝夕行うことにしています。
積聚(しゃくじゅ)とは、
痛みや動悸などお腹に現れる異常のこと。
三里(さんり)とは、
ひざがしらの下の方で、外側の少しくぼんだ所とのこと。