養生訓100(巻第二総論下)
或人(あるひと)の曰、「養生の道、飲食・色慾をつゝしむの類、われ皆しれり。然(しか)れどもつゝつしみがたく、ほしゐまゝになりやすき故、養生なりがたし」といふ。我おもふに、是いまだ養生の術をよくしらざるなり。よく、しれらば、などか養生の道を行なはざるべき。水に入ればおぼれて死ぬ。火に入ればやけて死ぬ。砒霜(ひそう)をくらへば毒にあてられて死ぬる事をば、たれもよくしれる故、水火(すいか)に入り、砒霜(ひそう)をくらひて、死ぬる人なし。多慾のよく生をやぶる事、刀を以(もって)自害するに同じき理をしれらばなどか慾を忍ばざるべき。すべて其(その)理を明らかにしらざる事は、まよひやすくあやまりやすし。
意訳
「養生の方法は知っていますが、がまん出来なくて実行出来ません。」と言う人がいます。しかし、それは知らないことと同じなのです。本当に知っていれば必ず実行します。理解が乏しいのか、信じていないのかのどちらかです。
通解
ある人が言いました。「養生の道は、飲食や色欲などを抑えることがわかっているけれども、それを実行するのは難しいと。でも、それはまだ養生を十分に理解していない証拠です。もしそのことを知っていれば、必ず実行するでしょう。
例えば、水に入れば溺れて死に、火に入れば火傷をして死ぬこと、また砒霜を摂取すれば中毒で死ぬことを誰もがよく知っています。だからこそ、水や火、砒霜を避けて命を守ることができるのです。同じように、過度な欲望が生命を危険にさらすことと、刃物を使って自ら傷つけて死ぬことは同じ理屈です。だからこそ、欲望を抑えることが重要です。
気づき
現代は健康に関する情報が満ち溢れています。しかし、意外と実行している人は少ないと聞きます。実行しなければ、知らないと同じだそうです。誠に、耳が痛い言葉です。
砒霜とは
砒霜(ひそう)は、化学的にはヒ素を含む化合物のことを指します。ヒ素は毒性が非常に高いため、砒霜は有毒な物質として知られています。過去には毒殺の手段としても使われていました。ただし、現代ではその強い毒性から、砒霜は一般的には使用されませんし、法的にも危険物として扱われています。