養生訓233(巻第四 慎色欲)
素問(そもん)に、「腎者五臓(じんじゃごぞう)の本」、といへり。然(しか)らば、養生の道、腎(じん)を養ふ事をおもんずべし。腎(じん)を養なふ事、薬補(やくほ)を、たのむべからず。只(ただ)精気(せいき)を保(たも)つてへらさず、腎気(じんき)をおさめて動かすべからず。論語に曰(いわく)、わかきときは、血気(けっき)方(まさに)壮(さかん)なり。「之を戒(いさ)むること、色にあり」。聖人(せいじん)の戒(いましめ)守るべし。血気さかんなるにまかせ、色欲をほしいまゝにすれば、必(かならず)先(まず)礼法(れいほう)をそむき、法外(ほうがい)を行(おこな)ひ、恥辱(ちじょく)を取(とり)て面目(めんもく)をうしなふ事あり。時(とき)過(すぎ)て後悔すれども、かひなし。かねて、後悔なからん事を思ひ、礼法(れいほう)をかたく慎(つつしむ)むべし。況(いわんや)精気をついやし、元気をへらすは、寿命を短くする本(もと)なり。おそるべし。年若き時より、男女の慾ふかくして、精気(せいき)を多くへらしたる人は、生れ付さかんなれ共、下部(しも)の元気すくなくなり、五臓(ごぞう)の根本(こんぽん)よはくして、必ず、短命(たんめい)なり。つゝしむべし。飲食・男女は人の大慾なり。縦(ほしいまま)になりやすき故、此(この)二事(にじ)、尤(もっとも)かたく慎むべし。是をつつしまざれば、脾胃(ひい)の真気(しんき)へりて、薬補(やくほ)・食補(しょくほ)のしるしなし。老人は、ことに脾腎(ひじん)の真気(しんき)を保養(ほよう)すべし。補薬(ほやく)のちからをたのむべからず。
養生訓(要約)
食欲と性欲は最も強い欲です。ですから、自分の意志でのコントロールが難しく、つい過ぎれば身体が不調となり短命の元にもなります。高齢になればなるほどに注意が必要です。養生の術を実践し、薬に頼ってはいけません。
通解
「素問」には「腎者五臓の本」という章があります。そのため、養生の方法としては腎臓を大切にすることを考えるべきです。腎臓を養う際には、薬や補助物を頼るのではなく、精気を保ちつつ腎気を正しく調えることが重要です。
「論語」には、「若いときは血気が盛んである。その戒むること、色にある」と記されています。聖人の教えを守るべきです。血気が盛んな時期にまかせて欲望に身を委ね、色欲に従ってしまうと、礼儀や規範を無視し、道を外れてしまい、恥をかくことになります。後悔しても元に戻ることはできないかもしれません。先に後悔しないよう、礼儀を重んじ、慎重に行動すべきです。なお、精気を乱し、元気を消耗することは寿命を縮める原因となります。注意が必要です。
若い時から男女ともに深い欲望を持ち、精気を多く消耗する人は、元々の生命力を損ね、下半身の元気が減少し、五臓の根本的な力が失われ、必ず短命となります。注意深く心に留めて行動すべきです。飲食と男女関係は人間の大きな欲望です。自制心を持ちにくいため、これらの側面を特に慎むべきです。これらの点に注意しないと、脾臓や腎臓の真の生命力が失われ、薬や補助物も効き目が薄れてしまいます。老年の人々は特に、脾臓と腎臓の生命力を保持することに注力すべきであり、補助薬の力に頼るべきではありません。