養生訓210(巻第四 飲食下)
病人の甚(はなはだ)食せん事をねがふ物あり。くらひて害に成(なる)食物(しょくもつ)、又、冷水(れいすい)などは願(ねがい)に任(まか)せがたし。
然共(しかれども)病人のきはめてねがふ物を、のんどにのみ入ずして、口舌(こうぜつ)に味はヽしめて其願(そのねがい)を達するも、志(こころざし)を養ふ養生の一術(いちじゅつ)也。
およそ飲食を味はひてしるは舌なり。のんどにあらず。口中にかみて、しばしふくみ、舌に味はひて後は、のんどにのみこむも、口に吐出すも味をしる事は同じ。穀(こく)、肉、酒、羹(あつもの)、酒は、腹に入て臓腑(ぞうふ)を養(やし)なふ。
此外(このほか)の食は、養のためにあらず。のんどにのまず、腹に入らずとも有(あり)なん。食(しょく)して身に害ある食物といへど、のんどに入(いら)ずして口に吐出せば害なし。
冷水()も同じ。久しく口にふくみて舌にこヽろみ、吐(はき)出せば害なし。水をふくめば口中の熱(ねつ)を去り、牙歯(がし)を堅(かた) くす。然共(しかれども)、むさぼり多くしてつヽしまざる人には、此法(このほう)は用(もちい)がたし。
意訳
病人が望んでも、冷水や食べて害になるものを与えてはいけません。ただ、強く望むときは、口に含ませて、舌で味わさせることは出来ます。飲み込まなくても味を知ることは出来ます。
通解
病人は、甚だしく食べることを望むが、その食べたい物はしばしば害になることがあります。また、冷たい水なども望みますが与えることは難しいです。しかし、病人が望む食べ物をわずかに口に含み、実際に飲み込まないようにして、味わうだけで満足することも、健康を保つための一つの方法です。一般に、飲食物の味を感じるのは舌です。ただし、ただの飲み物ではありません。口に含んでしばらく味わい、その後に飲み込んでも、その飲み物の味わいは同じです。穀物や肉、酒、スープなどは、胃腸を養うために取るものです。他の食べ物は、栄養を摂るためではなく、ただの満足のために摂取されるものです。ただし、飲み込まなくても身体には影響を与えません。身体に害をもたらす食べ物でも、飲み込まなければ口から吐き出すだけで影響はありません。冷たい水も同様です。口に含んでしばらく舌で味わい、その後に吐き出せば害はありません。水を含むことで口の中の熱を冷ますことができ、歯を強くします。ただし、貪り飲む習慣があり過ぎる人には、この方法は難しいかもしれません。
気づき
病人の願いは、少なからず叶えてあげるのが、養生の一環なのでしょうね。