養生訓390(巻第八 灸法)
人の身に灸(きゅう)をするは、いかなる故ぞや。曰(いわ)く、人の身のいけるは、天地の元気をうけて本(もと)とす。元気は陽気なり。陽気は、あたゝかにして火に属す。陽気は、よく万物を生ず。陰血(いんけつ)も、亦元気より生ず。元気不足し、欝滞(うつたい)して、めぐらざれば、気へりて病生ず。血も亦へる。然る故、火気(かき)をかりて、陽をたすけ、元気を補へば、陽気発生して、つよくなり、脾胃、調(いととの)ひ、食すゝみ、気血めぐり、飲食滞塞(たいそく)せずして、陰邪の気さる。是、灸 (きゅう) のちからにて、陽をたすけ、気血をさかんにして、病をいやすの理なるべし。艾草(もぐさ)とは、もえくさの略語(りゃくご)也。三月三日、五月五日にとる。然共(しかれども)、長きはあし故に、三月三日尤(もっとも)よし。うるはしきを、ゑ(え)らび、一葉(いちょう)づゝつみ、とりて、ひろき器(うつわ)に入(いれ)、一日、日にほして、後、ひろくあさき器に入、ひろげ、かげぼしにすべし。数日の後、よくかはきたる時、又、しばし日にほして早く取入れ、あたゝかなる内に、臼 (うす) にて、よくつきて、葉のくだけて、くずとなれるを、ふるひにて、ふるひすて、白くなりたるを壷(つぼ)か箱に入、或(あるいは)袋に入(いれ)おさめ置(おき)て用(もちう)べし。又、かはきたる葉を袋に入置(いれおき)、用(もちい)る時、臼(うす)にて、つくもよし。くきともに、あみて、のきに、つり置べからず。性(しょう)、よはくなる。用ゆべからず。三年以上、久しきを、用ゆべし。用て灸する時、あぶり、かはかすべし。灸に、ちからありて、火、もゑやすし。しめりたるは功なし。昔より近江(おうみ)の胆吹山(いぶきやま)下野の標芽(しめじ)が原を、艾草(もぐさ)の名産(めいさん)とし、今も多く切てうる。古歌(こか)にも、此、両処(りょうしょ)のもぐさを、よめり。名所の産なりとも、取時(とりどき)過(すぎ)て、のび過(すぎ)たるは用ひがたし。他所の産も、地、よくして、葉、うるはしくば、用ゆべし。
養生訓(意訳)
お灸も色々種類があります。自分に合ったものを選びましょう。
通解
人の身に灸をする理由は何でしょうか。言われるところによれば、人の身体は天地の元気を受けて存在しています。元気は陽気であり、陽気は温かく火に関連しています。陽気は万物を生み出す力です。陰血もまた元気から生まれます。元気が不足し、滞りが生じると、気が弱まり病気が発生します。血流も減少します。そのため、火を利用して陽気を助け、元気を補うことで陽気が発生し、強くなり、脾胃の調子が整い、食欲が増進し、気と血が循環し、飲食の滞りがなくなり、陰邪の気が払われます。これが灸の力によって病気を癒す理論です。
艾草とは、もえる草のことを指します。3月3日や5月5日に収穫されます。しかし、長い間収穫されているものは効力が薄まるため、特に3月3日のものが最も良いとされています。新鮮なものを選び、一枚ずつ摘んで広い容器に入れ、1日陽に当てて乾かし、その後、広い浅い容器に移し、風にさらして乾燥させます。数日後、十分に乾いたら、さらに日陰で早く取り入れ、すり鉢でよく搗き、葉を取り除き粉末状になったら、ふるいでふるい落とし、白くなったものを壷や箱に入れるか、袋に入れて保管します。また、乾燥した葉を袋に入れて保管し、使用する際には、すり鉢で搗くこともできます。木や網、軒に吊るすことは避けるべきです。性質が悪くなるからです。3年以上保存することが望ましいです。
灸をする際には、艾を焼いて煙を立てるべきです。灸には力があり、火も良く燃えます。締め付けることは効果がありません。昔から近江の胆吹山や下野の標芽が原が艾の名産地として知られ、今でも多く切り取られています。古い歌にも両地の艾草の
名産が詠まれています。名所の産地であっても、収穫時期を過ぎてしまったり、成長しすぎたものは使用するのに適さないことがあります。他の産地でも、土壌がよく、葉が新鮮であれば利用することができます。