養生訓102(巻第二総論下)
聖人(せいじん)、やゝもすれば楽をとき給(たま)ふ。わが愚(ぐ)を以て(もって)聖心(せいしん)おしはかりがたしといへども、楽しみは是、人のむまれ付たる天地の生理(せいり)なり。楽しまずして天地の道理(どうり)にそむくべからず。つねに道を以て欲を制して楽を失なふべからず。楽を失なはざるは養生の本(もと)也。
意訳
人生を悠々と楽しむこと。これが、養生の基本です。そのために、養生するのです。養生が義務や戒律になってはいけません。欲を楽しくコントロールして、人生を楽しみましょう。
通解
聖人も楽しみを教えます。ただ、聖人の心を理解することは難しいとしても、生きる喜びは楽しみに結びついています。楽しみを感じずに、天地の摂理に逆らうべきではありません。常に道を守り欲望を制御して楽しみを失わないようにしましょう。楽しみを失いためには養生の本質を実践することが大切です。
気づき
生れてきた目的などを考えると難しくなりそうですが、簡単にいえば、楽しむためと言えるかも知れませんね。そして、楽しむためには、まず、健康が基本でしょうね。養生はそのためにあると思います。
「天地の生理」とは
「天地の生理」という表現は、通常、自然や宇宙の法則や秩序を指す言葉です。これは、天(自然界や宇宙)と地(地球や自然の中での生命)の間に存在する一定の規律や摂理、秩序を指しています。この概念は、さまざまな文化や宗教の中で異なる形で表現されており、自然と生命が特定の法則に従って存在しているという信念を表しています。
「天地の道理」とは
「天地の道理」とは、通常、宇宙や自然の中での法則や原理を指します。これは、ある事象や現象が何らかの法則や秩序に従って起こるという考え方です。さまざまな文化や哲学、宗教の中で、天地の道理について異なる理解や表現が存在しますが、共通して宇宙や自然が特定の秩序や法則に基づいて機能しているという信念が含まれています。
中国の思想や文化、特に儒教や道教、または仏教などでは、天地の道理は倫理的な価値観や生活の指針とも結びついていることがあります。これは、人々が自然や宇宙の法則に従いながら調和して生きるべきだという考え方に関連しています。