養生訓111(巻第二総論下)

臍下三寸(せいかさんすん)を丹田(たんでん)と云。腎間(じんかん)の動気(どうき)こゝにあり。難経(なんきょう)に、「臍下腎間(せいかじんかん)の動気(どうき)は人の生命(せいめい)也。十二経(じゅうにきょう)の根本(こんぽん)也(なり)」といへり。是(これ) 人身の命根(めいこん)のある所(ところ)也。養気(ようき)の術つねに腰を正しくすゑ(え) 、真気(しんき)を丹田(たんでん)におさめあつめ、呼吸をしづめてあらくせず、事にあたつては、胸中より微気(びき)をしばしば口に吐き出して、胸中(きょうちゅう)に気をあつめずして、丹田に気をあつむべし。この如くすれば気のぼらず、むねさはがずして身に力あり。貴人(きじん)に対して物をいふにも、大事(だいじ)の変にのぞみいそがはしき時も、この如くすべし。もし、やむ事を得(え)ずして、人と是非(ぜひ)を論ずとも、怒気(どき)にやぶられず、浮気(ふき)ならずしてあやまりなし。

或(あるいは)芸術をつとめ、武人(ぶじん)の槍(やり)・太刀(たち)をつかひ、敵と戦ふにも、皆此(みなこの)法を主(しゅ)とすべし。是事(これこと)をつとめ、気を養ふに益ある術なり。凡(およそ)技術を行なふ者、殊(こと)に武人は此法(このほう)をしらずんばあるべからず。又、 道士(どうし)の気を養ひ、比丘(びく)の坐禅(ざぜん)するも、皆真気(しんき)を臍下(せいか)におさむる法なり。是、主静(しゅせい)の工夫、術者(じゅつしゃ)の秘訣(ひけつ)なり。

意訳

お「へそ」の下に、丹田というツボがあります。ここは、昔から、生命のツボと呼ばれています。この丹田に気を集めて、静かに呼吸をする方法があります。そして、それを、ゆっくり、繰り返します。こうすれば、心が落ち着きます。特に、大切な仕事や緊張する場面では有効です。これは、養生の術の一つです。

通解

「臍下三寸を丹田という。腎間の動気ここにあり。『難経』には『臍下腎間の動気は人の生命。十二経の根本なり』と述べられている。これは人間の命の根源である場所である。気を養う方法は、常に腰を正しく構え、真気を丹田に集め、呼吸を静かにし、事に取り組む際には、胸の奥から微細な気を口から吐き出して、胸に気を集中させず、代わりに丹田に気を集中させることである。これに従えば気が逃げず、胸部が膨れず、体に力が宿る。高貴な人と接する際や重要な局面においても、この方法を守るべきである。また、やむを得ず人と対立する際でも、怒りに支配されず、浮ついた行動を避け、過失を犯さない。

芸術を追求する者や武人は、槍や太刀を用いて戦う者であっても、皆この方法を重視すべきである。この方法を守ることは気を養うために大いなる助けとなる。技術を身につける者、特に武人は、この方法を知らなければならない。また、道士の気を養うための方法や、比丘の坐禅の際にも、真気を臍下に集める方法を用いる。これは静寂を保つ工夫であり、技術者や修行者の秘訣である。」

気づき

私は緊張すると呼吸が浅くなる傾向がありますが、この丹田呼吸を使えば良いのかもしれませんね。今度、試してみたいと思います。

「丹田」とは

「丹田(たんでん)」は、東洋医学や東洋の武道、修行法などにおいて重要な概念の一つです。この用語は、主に中国の伝統的な医学や武術、禅などで使われています。

医学の文脈での使用: 丹田は、主に体の中心に位置する特定のエリアを指し、気(エネルギー)の蓄積や調整が行われるとされています。この概念は、気功や中国伝統医学において、健康維持や病気の治療に重要な位置を占めています。

武術や修行法の文脈での使用: 武道や瞑想、禅などの修行においても、丹田は中心となるエネルギーの集中点と考えられ、動きやバランスの向上、精神の集中を促進するために重要視されています。

主に三つの「丹田」があります。

上丹田(じょうたんでん): 頭部に位置し、主に脳や頭部の活動と関連付けられます。

中丹田(ちゅうたんでん): 胸部に位置し、心臓や胸部の活動と関連付けられます。

下丹田(かたんでん): 腹部の中心、臍(へそ)の少し下に位置し、主に腹部の活動と関連付けられます。これが最もよく言及され、多くの場合、単に「丹田」と言った場合は下丹田を指すことが一般的です。

これらの丹田は、エネルギーの調整や健康、精神の安定、武道や瞑想の実践など、さまざまな文脈で重要な役割を果たします。

「難経」とは

「難経(なんきょう)」という言葉にはいくつかの意味がありますので、文脈によって異なる可能性がありますが、ここでは医学の文脈として、 「難経」は、「黄帝内経難経」(こうていないきょう なんきょう)の略で、これは中国の伝統的な医学書である黄帝内経(黄帝の医経)の一部です。『難経』は、『素問』(すもん)と『霊枢』(れいすう)とともに、古代中国の医学の基本的な理論や原則に関する論文を含んでいます。

「十二経」とは

十二経は、主に中国伝統医学で用いられる概念で、人体において気や血の流れが経絡(けいらく)を通じて流れるとされる12の経路を指します。これらの経絡は、身体の機能や臓器と関連し、バランスが取れた健康な状態を維持するために重要な役割を果たすとされています。

以下は、十二経の名前とそれぞれの経絡の流れる順序です:

手太陰肺経(しゅたいいんはいけい)
手陽明大腸経(しゅようめいだいちょうけい)
足陽明胃経(そくようめいいけい)
足太陰脾経(そくたいいんひけい)
手厥陰心包経(しゅけついんしんぽうけい)
手少陰心経(しゅしょういんしんけい)
足少陰腎経(そくしょういんじんけい)
足厥陰肝経(そくけついんかんけい)
手陰明小腸経(しゅいんめいしょうちょうけい)
手太陽小腸経(しゅたいようしょうちょうけい)
足太陽膀胱経(そくたいようぼうこうけい)
足少陽三焦経(そくしょうようさんじょうけい)
それぞれの経絡は、特定の臓器や器官、神経、血管と関連し、バランスが崩れると身体の不調や病気が生じると考えられています。伝統的な中国医学では、これらの経絡に対して鍼灸療法や按摩、気功、薬物療法などが用いられ、全体的な調和と健康を促進しようとします。

「道士」とは

道士(どうし)」は、道教(Taoism)の修行者や信者を指す言葉です。道教は、中国発祥の哲学・宗教で、主に老子(Laozi)や荘子(Zhuangzi)といった古代の哲学者によって提唱され、後に道教の経典や道教の教義が発展していきました。

道士は、道教の教えに基づいて、道(Tao)への修行や悟りを追求する者とされます。彼らは、封建社会の中で宗教的・哲学的なリーダーシップを果たすことがあり、また神聖な儀式や儀礼、祈祷などを担当することもあります。道教においては、長い修行を経て超自然的な力を得ることや、不老不死の秘法を求めることが含まれています。

道教は、陰陽思想や五行思想、自然との調和などを強調し、バランスと調和の重要性を説く宗教・哲学です。したがって、道士はこの教えを深く理解し、それに基づいて生活し、他者に教えることが期待されます。

なお、中国の宗教文化において、道教とともに仏教や儒教も重要な位置を占めており、それぞれ異なる信仰や哲学体系を提供しています。

「比丘」とは、

比丘(びく)」は、仏教において特定の修行者や僧侶を指す言葉です。特に、出家して仏教の教えに従い、僧侶としての修行生活を送る者を指します。比丘は男性の僧侶を指す用語であり、女性の場合は「比丘尼(びくに)」と呼ばれます。

仏教において、比丘や比丘尼は四諦(苦諦、集諦、滅諦、道諦)や八正道などの教えに基づいて、修行し悟りを求める存在です。彼らは出家して世俗の生活を離れ、戒律(僧侶戒)を守りつつ、精進や瞑想などの修行を通じて心身を浄化し、仏道に進むことを目指します。

比丘たちは、仏教僧団の一員として、教義の伝播や信者への教えの説明、または寺院での儀式や修行に従事します。比丘は出家し、三宝(仏、法、僧)に帰依することで、仏教の教えに従う生活を選びます。